食感とは
食感とは、食品を食べたときに感じられるさまざまな感覚のうちの主に物理的な感覚のことです。和語で言うところの、硬さや歯ごたえ、ねばり、のど越しなどに当たります。
英語では、食感のことをFood Texture(食品のテクスチャー)と呼びます。布や壁紙の肌ざわりや手触り、凹凸感をテクスチャーと言うのに習えば、食感は口や手、あるいは見た目から感じられる肌ざわりのようなものにあたるでしょうか。食感の興味深い点は、まさにその口や手(特に口)で感じられるものだというところです。
例えば、スナック菓子の歯ごたえは見ただけではわかりません。人体が噛むという運動をして、食品に力を加えて初めて歯ごたえは発生します。このように、食感とは食品と人間との力のやりとりから生まれる感覚です。そして、この力学的な相互作用の複雑さが食感の奥深さを形作っています。
また、食べる人あっての食感ですから、食べる人がどんな人かによって食感は変わります。二十歳くらいの元気な学生と、硬い物を食べるのが苦手になったお年寄りでは、同じスナック菓子を食べても感想が違ってくるでしょう。小さい子供と大人でも、同じ物を食べた時の食感は違うかもしれません。
そこで、私達は食感をより深く理解するために、①食品の形(構造)や硬さ(物性)、②人体の特性、そして、③あいまいな感覚を客観的な数値で表すこと(感覚の定量化)について検討しています。
食品の構造と物性
図1は工業用のマイクロX線CT装置で撮影したスナック菓子の断面です。複雑な三次元構造を持っていることがわかります。スナック菓子の種類による違いも大きく、見ただけで食感が違いそうだと思えます。
また、食感に影響しているのはスナック菓子の構造だけではありません。この構造の骨格部分(空気ではない部分)の物性(例えば強度)もスナック菓子の種類によって違うはずです。
上述のように形はX線CTでわかるのですが、骨格部分の物性は簡単にはわかりません。機械的な物性、例えばヤング率や破壊強度などを測定するには、その前段階で対象物の形を正確に把握する必要がある(※1)のですが、スナック菓子の形はとても複雑なためです。
そこで私達は、スナック菓子から小さな欠片(試験片)を取り出し、これに力を加えてヤング率や破壊強度を調べる試験機を開発しました。開発した図2の微小荷重試験機は微小な力(数mN)と変位(数μm)を測ることができます。これで得られた試験結果とマイクロX線CTで得た欠片の三次元モデルを組み合わせることで、スナック菓子の骨格部分のヤング率や破壊強度を求めることに世界で初めて成功しました。図3は試験片の個体別有限要素モデルに対して行う有限要素解析の様子です。荷重試験の力学条件における応力分布が求められるため、ここから試験片のヤング率や破壊強度がわかります。
(※1)ヤング率も破壊強度も、物理量としての次元は (力) / (断面積) です。断面積がわからないとヤング率も破壊強度も求められないので、対象物の形を正確に把握する必要があります。金属の材料試験ならば単純な円柱形などのサンプルを使って断面積を容易に求められますが、スナック菓子は不定形なので断面積を求めるのは容易ではありません。
人体の特性
食感に影響する人体の特性はおそらく色々あるのですが、ここでは頭の大きさについて紹介します。
音の科学の業界では、広い空間では低い音が響き、狭い空間では高い音が響くことが知られています。コントラバスとバイオリンを比べると、大きなコントラバスでは低い音、小さなバイオリンでは高い音が響きます。この関係は人間の頭でも成り立つのではないでしょうか。
せんべいをがりがりと食べているとき、私達の耳にはせんべいが壊れる音が聞こえています。
実は、この音(咀嚼音と呼ばれます)は、せんべいで生まれて空気を伝わって耳に届く音と、歯から頭蓋骨に伝わって耳に届く音が混じったものです。空気を伝わる音は最初に口の中で鳴り響く一方、頭蓋骨を伝わる音は頭蓋骨そのもので鳴り響きます。
私達の研究では、口が大きかったり、頭蓋骨が大きかったりする方が鳴り響く音は低くなるようです。実際に子供と大人で比較しても、頭の大きな大人の方が低い音が出ていることがわかりました。
このように、同じせんべいを食べても人によって違う音が聞こえています。おそらくは、食感も人によって違うのでしょう。これがわかると、食べてくれる人に向けて、「貴方に最適なスナック菓子」をデザインできるかもしれません。
感覚の定量化
食感を調べていて直面する壁の一つは、食感が数値ではないことです。つまり、何か適切な方法を使って食感を数値で表す必要があります。
この分野では、私達は食感を表す擬音語に着目しています。
スナック菓子を食べたときの音が、食感と深く関わっていることはよく知られています。また、「さくさく」や「がりがり」といった言葉は「擬音」語、つまり、聞こえている音に似せた言葉です。ということは、「さくさく」や「がりがり」という言葉には、スナック菓子を食べたときに聞こえている音の特徴が残っているはずなのです。音が食感に関わっていることと合わせれば、「さくさく」などの擬音語は食感を表すための良い指標になりそうです。
そこで、「今食べたスナック菓子のさくさく感は何点ですか?」のような質問をして、食感に点数をつけてもらいました。図5は、このとき点数をつけてもらった「さくさく」感などの食感の分析結果です。主成分分析と呼ばれる多変量解析を実施したところ、「さくさく」と「がりがり」は似ておらず(※2)、「ぱりぱり」と「かりかり」は結構似ている、というような結果が得られました。
しかし、これがベストかと言われるとなんとも言えません。もっと良い方法を探していきたいと思っています。
(※2)それ以前に、「似ていない」という言い方が適切かどうかにも検討の余地があります。